
8月11日は娘の10歳の誕生日でした。
10年前のこの日、 朝の4時頃からお腹に痛みを感じ、 ひとりで入院の支度をしてからお風呂に入りました。
午前中の早い時間から入院しましたが、 痛みが延々と続いて 途中で何度も気を失い、気がつくと酸素マスクをつけられていて、 先生に怒られながら ようやく娘が誕生したのは
午後5時10分。私はひどい出血量でしたが、 その病院では 『出産直後に歩いて移動する』という決まりがあったため、 出産がやっと終わった直後に 休む暇もなく 別室まで無理やり歩かされました。
その日は、 出産が相次いだため、 病室の空きがなく、 なんと私が案内されたのは
手術室!
ベッドが空いていなかったので、 手術台の上で一晩寝かされたのです。
次の日の朝、 午前6時に先生が入ってきて、
「これから 帝王切開の手術が始まりますので、 申し訳ないですが 分娩台で寝ていてください」と。。。。
でも、 先生は申し訳なさそうじゃなくて、 自信たっぷり。
私は わけがわからなくて、 言われるままに分娩台に戻って寝ることになりました。
あとで わかったことですが、 前日に大勢の妊婦さんが出産したのは、 先生の都合で
「8月11日に出産しましょう」 と言われて、 出産するために入院し、人口破水で出産した人たちが多かったからだそうです。
その後の病院の対応も信じられないことが多くて、 私は入院中 泣いてばかりいました。
食事もまずかったし、 体調もよくならないし、 先生も病院のスタッフも親切じゃないし。。。
こんなふうに書くと、 「なんて酷い病院なんでしょう」 と思われそうですが、
実は ここは とても有名な病院だったのです。
(有名な病院というのは、 人気のある病院でいつも超コミ!という意味です。 有名芸能人のサインなども診察室に飾ってあります)でも、 その後の対応も 料金面でも 本当に酷い対応だったので、 もう2度とここには来ない!
と固く決心したのでした。
女性にとっての 出産の経験というのは、 人生の中で最もドラマチックで 素晴らしい思い出になってほしい、と願ってもかまわないのではないでしょうか?
その後、 第2子である息子の出産のときには、 当然病院を変えました。
そのときは、 本当にストレスのない いい体験が出来て 心から入院生活も楽しめて満足出来るものでした。
ところで、 私の誕生日は3月1日ですが、 なんと私の生まれた時間も 娘と同じ
午後5時10分 なんです。
不思議な縁を背負って 私の元へやってきてくれた娘なのです。
