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ボストンで出合った日本女性
2008/07/11(Fri)
ボストン


前回に引き続き、私が出合った素敵な人生の先輩、 素敵な女性のお話です。

独身時代にゴールデンウイークに一人でボストンを旅行したことがありました。

初めてのボストンでしたので、 会社の上司が心配して、 ボストン在住の友人である、コンサルティング会社を経営しているアメリカ人に 私のホテルの手配など、こまごまとしたアレンジを頼んでくれていました。

無事にニューヨークからボストンのホテルに到着した私は、早速、 今回いろいろ手配していただいたお礼を言うために、上司の友人であるアメリカ人の自宅に電話をすると、 

彼の奥様は日本人で、 「せっかくわざわざ日本からボストンに来たなら 観光案内をするからお会いしましょう!」 ということになり、

翌日ボストン美術館で待ち合わせしました。

現れたのは、 小柄で知的で可愛らしい 上品な女性。

美術館をゆっくり案内してもらった後、 二人で食事をしながら 何故彼女がアメリカに来ることになったのか、 という話になりました。

彼女は、 もともと某音楽大学の教授だった方で、 大学で生徒たちに音楽を教えながら、コンサートのために世界中を回っていた方。

音楽がすべてで、 それ以外のことは考えられない生活だったそうです。

あるとき、 一人で出かけたあるクラッシックのコンサートで、アメリカ人男性と隣同士の席になり、
挨拶を交わしたそうです。

幕間で、たまたま一緒にコーヒーを飲み、 お話が楽しかったので お互い住所の交換をして、
そのまま別れ、 10年間クリスマスカードの交換だけの関係が続いたそうです。

やがて、10年後にその彼から 「会いたい」と 連絡があり、
奥さんと離婚したことを告げられ、 「結婚したい」と言われて、 本当にびっくりしたそうです。

彼は初めて会ったときから彼女のことが好きだったそうですが、
すっかり仲が冷え切って険悪な雰囲気になっていた奥さんがいたので、
その結婚生活に耐えながら何とか日々を暮らしていたのでした。

そして、 その奥さんとついに離婚した後も、彼女に電話して再開するまでは何年もの歳月が必要でした。

彼女は彼との結婚を決意し、 きっぱりと華やかなキャリアがあった大学教授の仕事を辞めてしまいます。

「素晴らしい職業を持っているのだから、仕事はずっと続けたら。 ボストンと東京で別居生活でもいいんだから。」
と、 彼から言われたそうですが、

彼女は 「結婚というものは、 離れて暮らすものじゃない。」と言って、 すべてを捨ててボストンに来てしまったのだそうです。

華やかなキャリアをすべて置いて ボストンで暮らすというのは、 大変な決意だったことでしょう。

音楽の世界というのは、 浮世離れしているというか、
現実の世界からはある意味隔離された 独特の温室のようなところだそうです。

「私、 長い間 ずっと音楽ばかりやっていたから 世間知らずで何も知らなかったの。
結婚して、 こうして世間の中で暮らしてみて 初めて世の中には汚い部分がたくさんあるんだってわかった。
だから、 私、 結婚して本当によかったわ。
それでなかったら、 ずっと何も知らないまま 音楽の世界で生きてるだけだったもの。
夫には本当に感謝しているのよ。」

まるで妖精のような 天使のような純粋無垢な世界の雰囲気を漂わせている女性でしたが、
しっかりと地に足をつけて、ボストンの街の中で生きていく決心をした瞳は素敵に輝いていました。

ボストン



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結婚記念日
2007/12/24(Mon)
ウエディングケーキ


今日は、 クリスマスイブですが 私たちの結婚記念日でもあります。

1996年の12月24日に、 ニューヨーク郊外の小さな町、 私が高校時代を過ごした懐かしい町で 昔からのお付き合いをずっと続けているホストファミリーや、 牧師さんなど、 町の人々に祝福されて結婚式を挙げました。

このお写真のウエディングケーキは、 ロックフェラー氏から 小さなホテルのヘッドシェフなどもまかされているホストシスターのChris が私たちのために作ってくれたウエディングケーキです。

教会


こちらが、 結婚式を挙げた白い小さな教会。

ロックフェラーセンターのツリー


ニューヨークは、 大好きな街なので クリスマスを過ごすために何度か訪れているのですが、 このお写真は1996年のロックフェラーセンター前の有名なツリーで、 素晴らしかったです。
忘れられないニューヨークのクリスマスになりました。

このときのエピソードも機会があったら、 思い出を書いておきたいです。
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スコットランド一人旅(その9)〜エジンバラに戻る〜
2007/11/15(Thu)
エジンバラ城


エジンバラ城)


こうして、グラスゴーを通り越して、再びエジンバラまで列車に乗って、スコットランドハイランド地方と島々をフェリー、列車、バスで移動した旅も幕を閉じました。

エジンバラでは、出発前に泊めていただいていた老婦人の家に予約を取っていたので、その家に帰りました。
実は、この家はB&Bではなく、普通の一般家庭なのです。

エジンバラは6〜8月くらいの時期は観光のピークの時期なので、実は普通にふらっと行って宿の予約を取ることは、難しいことなのでした。

私の場合も宿が見つからなくて、あるB&Bのおばさんが「友達の家を紹介するからそこに行きなさい」と言って、老婦人の家を紹介してくれたのです。
そこは、表向きはB&Bの看板を出していないのですが、
こうして、友達に紹介された旅行者で気に入った人をこっそり、大変リーズナブルなお値段で泊めてくれていたようです。

そういう意味では、日本人の女の子というのは、エジンバラではとても人気があったと思います。
今まで宿泊した人たちのマナーが良かったのでしょうね。

イギリスの他の地方でも同じような経験をしたのですが、「日本人の女の子」というのが決め手になっていたようです。

フォートウイリアム〜マレイグ


( フォートウイリアムからマレイグへの景色 :絵葉書 )

それから、旅をはじめてすぐに気がついたのですが、女性の一人旅、というのは、あのドイツ人の女の子以外、会いませんでした。ほとんどが老夫婦!
B&Bで朝食取っているときなど、私の他は老夫婦ばかり!
(町では、学生の団体などもたくさんいましたが)

聞いてみると、仕事を定年退職して、オーストラリアからやってきて、イギリスで中古車を購入。2ヵ月くらいかけて、車であちこち回っているのだそうです。
帰る前に、その車をまた売ってしまう。
そのほうがレンタカーより経済的なのだそうです。

こういう老夫婦にたくさん出会いました。
何故か、オーストラリア人が多かったです。

ドライブが好きな皆様は、いかがでしょうか?

3月15日からずっと続いたこのスコットランドの旅の思い出を読んで下さった方、ありがとうございました。  (注:ミクシィで書いていたときのことです)

今は現実の世界に忙しくしておりますが、
これを書いている間、昔の地図や時刻表を見たり、仕舞い込んだままだった写真が日の目を見て、皆様から「キレイ」と言っていただけて、私も嬉しかったです。
あのときの日々に少し戻っていけたような気がしました。

ケルトの十字架


(Morarで購入したケルトの十字架 )
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スコットランド一人旅(その8)〜Morarの白い砂浜〜
2007/11/13(Tue)
砂浜


(Morarの白い砂浜 :私が撮影)

翌日はグラスゴーに移動して、グラスゴーに1泊する予定だったが、マレイグが気に入ってしまった私は、もう一日この近辺で過ごすことにした。

またまたフェリーに乗って(しつこいかしら?)スカイ島の
Armadaleへ。Armadaleは、あまり感銘を受けなかったので、フェリーでマレイグに戻り、そこから列車に乗って、すぐ傍の  Morar を訪ねた。

ここは、本当に素晴らしいところだった。十字架の丘や湖があり、またまた危ないことをしてしまったのだが、へんな場所に入り込んで崖を伝い、白い砂浜の上に降りた。

その美しさに言葉を失うような満足感があった。

どこまでも続く白い砂浜と遠くに見える海。

morarハガキ


(morarの白い砂浜の絵葉書)

スコットランド、ハイランド地方の旅の中で、このMorarと
Mallaigは、一番気に入ってしまった。
『もしも将来女の子が生まれたら、娘と一緒にもう一度ここに来たい』と、そのとき思った。

Morarには、女性向けのジュエリーショップもあって私は思い出にケルトの十字架を購入した。

その十字架を白い砂浜の真ん中に流れていた川に浸して、スコットランドのMorarの洗礼を受けさせた。

その日は、もう一度Mallaigに戻り、前日と同じB&Bに宿泊。B&Bのおばさんも、お部屋もとっても気に入ってしまったから。
morarハガキ2


(絵葉書)

お友達


(こんなお友達が何処からか現れて、私のあとを いつまでもついてきました。)
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スコットランド一人旅(その7)〜そしてマレイグ(Mallaig)へ〜
2007/11/09(Fri)
B&B2


フェリーと列車に乗り継いでの長旅。
最果ての港、マレイグへ辿り着いた。

ここは、小さな可愛らしい町で、今までの孤独な雰囲気の一人旅の気分を一気に挽回、私の気分も高揚した。

B&Bはとても可愛らしく、おとぎの国に迷い込んだよう。
Landladyは、日本人好きで、お部屋も可愛いし、お風呂も薔薇の形の石鹸など置いてあって、細かい気配りがされている。
(だけど、部屋にはもちろん鍵はない)

B&B


海、岩、丘、羊、レストラン、女の子たち。

道を歩いている人も気軽に声をかけてくれる。

この海の風、空気の気持ちよさに麻薬のように酔ってしまうのだった。

写真はすべてマレイグで私が撮影したものです。
(前回の写真も私が撮影したものです)

羊

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スコットランド一人旅(その6)〜再びフェリーに乗って〜
2007/11/07(Wed)
海1


(続き)

マル島のTobermoryからフェリーに乗り、Kilchoanへ。
そこで、1時間程散策を楽しんでから、再びフェリーでマル島へ戻る。

当時、旅をしながら書いていたジャーナルを見てもこの後、「フェリーと列車を乗りついてマレイグへ」としか書いてないのだが、謎だ。

フェリーでオーバン(Oban)へ戻るのも距離があり、2時間くらいはかかる。地図を見ても、その後の列車もかなりの距離を乗らないとマレイグ(Mallaig)へは辿り着けないので、どうやって移動したのだろう。

この旅では、本当に毎日毎日こうやってのんびりフェリーに乗り、海の風を感じる、そんな日々を過ごしていた。

「海が最高に気持ちがいい」と旅のジャーナルに記されている。

海2


morar
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スコットランド一人旅(その5)〜マル島(Mull島)のおじさん〜
2007/11/04(Sun)
マル島ハガキ


マル島の絵葉書)

(続き)

さて、靴や靴下までビショビショにしてしまった私が果たして一晩で衣類を乾かせたのかは、覚えていない。

或いは翌日は濡れたままのスニーカーを履いて出発したのかもしれない。

誰と会話する訳でもない孤独な旅に、濡れたスニーカー。

列車に乗って、オーバンObanまで行き、そこからフェリーに乗って2時間弱。マル島に渡った。(Mull)

到着したのは、マル島のTobermoryというところ。
雨がひどく降っていた。
観光客の姿もほとんどない。

マル島ハガキ2


マル島の絵葉書)

ツーリストインフォメーションに行き、B&Bの予約を頼んだが、受付の女性もよそよそしく、私には何も質問しないで、電話をかけていた。「何人だかわかりませんが、女の子一人予約お願いします。東洋人に見えるんですが、、」 なんて言っている。
不安になってくる。

しばらく待つと、イカツイおじさんが車で迎えに来てくれた。

怖かった。

ひどい雨。観光客の姿が見えない寂しそうな町。
このおじさんの車に乗って大丈夫なのだろうか?

これまでのイギリス、スコットランドの旅経験では、B&Bに宿泊するときは、たいてい優しそうなおばさんが対応してくれた。

。。。。断ることも出来ないし、緊張しながらそのおじさんの車に乗りこんだ。どのくらい走ったか覚えていない。

B&Bに到着すると、おじさんが部屋に案内してくれ、「スコットランドの水は滑りやすいから、お風呂に入るときはこれを使ってね」とバスタブの底に敷く滑り止めマットを持ってきてくれた。
少し、緊張がほぐれた。

雨が止んで近くの森に散歩に出たが、誰にも出会わない。
森の景色は、どんどん深くなっていきそうだし、途中1度アメリカ人カップルらしき人たちとすれ違い、「ハイ!」と挨拶したが、日本人の女の子が一人でこんな場所を散歩するのは、間違っているような気がした。

殺人鬼に出会って森の中に連れ込まれても、誰も気づかないだろう。まして、私が今マル島にいることなんて、誰も知らないんだから。

そう考えたら、怖くなって急いで引き返してしまった。

そして部屋に戻り、後はずっと寝てしまった。

翌朝、朝食を摂るため、ダイニングのテーブルに着いたら、昨日のおじさんが私のテーブルまで来てひざまずいて、朝食の注文を聞いてくれた。

当時の私は実際の年齢よりもだいぶ若く見えて、(旅行中はお化粧もほとんどしないし)まして、外国人から見たら日本人女性は子供のように見えるらしいので、
このおじさんも、どうしたらいいのかわからなかったのだろう。

子供みたいな日本人の女の子が一人でこんな寂しいところにやってきて、散歩もそこそこ部屋に閉じこもってばかりいたのだから。

私も緊張と警戒心からなかなか開放されなかったのだが、おじさんがひざまずいて、私の心をほぐそうと努力してくれているのがわかったので、感謝した。

その日、フェリーが出る港まで送ってもらう車の中でおじさんとの会話は弾んだ。

結局このB&Bは、女性の姿を見ることがなく、朝食もおじさんが作っていた。

名刺を確認したがやはり、おじさんの名前だけだった。
今でもマル島で一人B&Bを経営しているのだろうか。

家1


(Mull島散歩途中で見かけた可愛いお家 )
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スコットランド一人旅(その4)〜ネス湖とスカイ島〜
2007/11/03(Sat)
今日はお写真だけ。

ネス湖(行けませんでしたが)と
スカイ島の絵葉書です。

ネス湖


ネス湖

スカイ葉書3


スカイ島

スカイ


スカイ島
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スコットランド一人旅(その3)〜Fort William から crianlarichへ〜
2007/11/03(Sat)
湿地帯


ドイツ人の女の子とポートリーのB&Bに1泊した私だったが、翌朝は
Armadaleに行く計画を立てていた。

バスの出発時間10分前にバス亭に到着したが、Armadale行きのバスはすでに出発した後だった。

驚いてはいけない。

バスや地下鉄などの公共の乗り物の発車時刻のいい加減なことといったら、イングランドもスコットランドも同じなのだ。

それがわかっていたので、その朝は10分前にバス亭に着くように、急いできたのに。

Uigに行く計画を立てていたドイツ人の彼女は落胆した私を見て、「You wanna come with me?」と私にUig行きを勧めてくれたが、やはり、自分のペースで行動したかったので、残念だが断ってしまった。

運命の分かれ道。

名残惜しかったが、彼女とはここでお別れしてしまう。

急遽、行き先を変更して再び、バス、フェリーを乗り継いで
Fort Williamへ。
そこからcrianlarichという小さな町へ移動し、そこに1泊。

誰と会話することもない、観光客もほとんどいない、静かな町での孤独な時間。

ここで、私は立ち入り禁止の金網を越え、湿地帯に入ってしまい、洋服や靴、靴下をビショビショにしてしまった。
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スコットランド一人旅 (その2) 〜『インヴァネス』から『スカイ島』へ〜
2007/10/31(Wed)
エジンバラで「Highlands & Islands 」のトラベルパスを購入した私はエジンバラを出発、インヴァネスへ向かいました。

このパスは期間限定で、ハイランド地方と島々の列車、フェリーに自由に乗れ、バスも三分の一ディスカウントで乗れる、というものです。

インヴァネスからバスに乗れば、あのネス湖に行けるのですが、天候も悪くバスの本数が少なかったため、ネス湖は断念。

列車でアバディーンに行き、再びインヴァネスへ。

インヴァネス


インヴァネス

インヴァネスからカイル・オブ・ロッハルシュまで列車で2時間45分。そこからフェリーに乗って、スカイ島へ渡りました。

このフェリーは車も一緒に渡れるので、ドライバーにもオススメです。

遂にスカイ島に到着!
カイレイキンからポートリーまでバスで移動。

スカイ島の思い出はあまりにも強い風、霧、そして美しすぎる空の色。

このとき、バスの中で知り合ったドイツ人で一人旅していた女の子と仲良くなり、一緒にB&Bを探す。

リュックに食パンを入れて、いつも食パンを食べてたという彼女だったけど、この日は「たまには栄養をつけよう!」ということで、ポートリーのホテルで二人で食事。
サーモンを食べたような気がします。。??(。。忘れた。。)

二人で強風の中、いろいろなことを語り合いながら散歩した。
何もなかったけど、景色が美しくて幸せを感じた。

スカイ島A


(懐かしいスカイ島。 何もなかったけど、散歩するだけで幸せを感じた。)
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